「「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版」〜死から学ぶ生き方の新しい視座〜

目次

はじめに

Audibleで聴きました。
「「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版」
死について哲学の観点から考察している大作です。

Audibleでの再生時間はなんと24時間35分
オーディオブックジェイピーでは28時間40分です。
なぜ4時間も違いがあるのか謎です。再生速度が微妙に違うのでしょうか。

私は2.5倍速で聴きましたので、9時間50分で聴き終えました。
一般的な本の3〜4冊分でしょうか。

貴重な時間を費やしただけの価値があれば良いのですが、
正直なところ、この手のテーマに完全な答えがあるわけないので、
あまり期待はしていませんし、答えを求めてもいませんでした。

哲学は答えを出すことより、その過程が尊いのです

死とは何か――哲学的視点から探る生と死の意味

私たちは誰しも死と向き合わなければなりません。
しかし、「死とは何か?」という根本的な問いについて、
じっくり考える機会はそう多くないのではないでしょうか。

死とはいつか来るものではなく、既にそこにあるものであるにも関わらず、
普段は意識せず…むしろ無いものとして過ごしているのが普通だと思います。

今回は、イェール大学で23年連続の人気講義となっている「死とは何か」という本を手に取り、
たまには死について考えて見たいと思います。

この本は道徳哲学の教授による考察で、
死について哲学的に考えることで、私たちの生き方そのものを見つめ直す機会を与えてくれます。

ただ、「23年連続の人気講義」と言うキャッチは、何だかふんわりしていて眉唾な感じがします。
人気の基準はあいまいですし、単純に単位が取りやすいだけなのでは…。

死について考えることは、生きることについて考えること

死について考えるとき、私たちは必然的に「生き続けるとはどういうことなのか」という問いに直面します。
この本では、人間の存在と同一性について3つの立場が紹介されています。

  1. 魂説:二元論者の立場で、体と魂は別のものであり、肉体が消滅しても魂さえ変わらなければ同一の存在とみなされる
  2. 身体説:物理主義者の立場で、体(特に脳)さえ一致していれば同一の存在とみなす
  3. 人格説:同じ信念、欲望、記憶などの集合である人格が同じであれば同一の存在とみなす

著者は物理主義の立場に立ち、「人間は驚くべき物体だが、結局のところ物体に過ぎない」と主張しています。
つまり、体が死ねば、その人も消滅するということになります。身体説ですね。

身体説は、Aさんが脳を丸ごと移植した場合、新たな身体を獲得してAさんは生き続けると言う考え方。

人格説は、PCのデータをコピーするように、Aさんの脳をスキャンして別の脳に上書きしたとき、
その脳を持つ個体もAさんとする考え方です。
もちろん技術的にそのような事は不可能なので、あくまで理論的な話です。

死は特別な現象ではない

物理主義者にとって、死は不思議な現象ではありません。
人間は正常に機能している体に過ぎず、考えたり感じたりする機能(P機能)と、
心臓を拍動させたり消化したりする機能(B機能)を持っています。

体がこれらの機能を果たしている間は生きており、
機能を果たさなくなったときに死ぬのです。

P機能の喪失が死なのか、B機能の喪失が死なのかは、
人格説と身体説のどちらを採用するかによって異なりますが、
いずれにしても死に神秘的な要素はありません

これらの議論は脳死移植などでも登場するので、考えたことがある方もいるのではないでしょうか。

なぜ死は悪いのか?

誰もが死を悪いものと考えていますが、そもそもなぜ死が悪いのでしょうか?
著者は「剥奪説」という考え方を紹介しています。

死が悪いのは、「人生において良いことが起きる可能性を剥奪されてしまうから」なのです。
私たちが死を恐れる理由は、死によって人生の良い経験を享受できなくなることにあります。

ただし、剥奪説を受け入れることと「死は常に悪い」と主張することは同じではありません。
人生に良いことが何も残っていない状態も理論的にはあり得るので、
そのような場合、死によって人生を奪われても「悪い」とは言えないでしょう。

つまり、死が悪かったかどうかは、
死ななかった場合と比較しなければ結論付ける事ができないのです。
このあたりを、こねくり回すのが哲学と言う学問ですね…。

不死は望ましいのか?

剥奪説に基づくと、「永遠に生きる」ことが望ましいように思えます。
しかし著者は、どのような不死が望ましいのかを考察しています。

老いや病を抱えながら永遠に生きたいと考える人はいませんが、
健康的に永遠に生きられるのであれば望むかもしれません。
しかし、本当に永遠に退屈せずに生きられるのでしょうか?

著者の結論は、私たちが求めているのは「永遠に生きること」ではなく、
自分が満足するまで生きられる人生」だということです。

自殺について理性的に考える

本書では自殺について、その合理性と道徳性の両面から検討しています。

著者は「自殺の選択が合理的な場合もあるが、推奨はしない」と述べています。
生きる価値のない人生を送る可能性が圧倒的に大きく、
改善する見込みが全くない場合は、自殺も合理的な判断になり得るということです。

道徳的観点からは、功利主義的立場と義務論的立場の両方から考察し、
「自殺は常に正当ではないが、正当な場合もある」と結論づけています。

ただし、安易に自殺を受け入れてはならず、
十分な情報と明晰な判断に基づいた場合にのみ正当化されると強調しています。

つまりはここでも、死ななかった場合と比較しなければ正当化なんてできないと言う事です。
自殺の善し悪しについては、この一言に尽きると思います。

まとめ

この本は、死という避けられない事実について哲学的に考えることで、
私たちの生き方そのものを見つめ直す機会を与えてくれます
死について考えることは、生について考えることに直結するのです。

死は単に生命活動の停止ではなく、私たちの存在や同一性、
人生の価値に関する深い問いを投げかけています。

この本を通じて、「よく生きるとはどういうことか」という問いに対する
自分なりの答えを見つける手がかりになるかもしれません。

哲学書というと難解なイメージがありますが、
本書はイェール大学の人気講義をベースにしているだけあって、
非常に分かりやすく読みやすい内容になっています。

ボリューム感に圧倒されるかもしれませんが、聴き終えてみるとそれほど冗長な箇所もなく、
このようなテーマをそれなりの説得力を持って扱うには、必要な長さだったと感じました。

テーマこそ「死」を扱ってますが、この本は形而上学の入門書です。
元は大学の講義ですし、「死」と言う万人共通の関心事を扱うことで、
興味を引いているのではないかと思います。

読み終えたところで、当然そこに答えなどないのですが、
死について深く考えるには内容、ボリュームともにオススメの一冊です。
分厚い本が苦手な方こそ、オーディオブックを活用されてみてはいかがでしょうか

「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版
総合評価
( 3.5 )
メリット
  • 「死」とは何か、哲学的に考えるきっかけが得られる
  • 「死はなぜ悪いのか」、その答えのひとつが分かる
  • 様々な死の形について冷静に分析されている
デメリット
  • 分かりやすく書かれているが、それでも難しい箇所がある
  • 信仰する宗教によっては合わないかも

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